【 概 要 】−倶利伽羅不動寺の創建は養老2年(718)、善無畏三蔵法師(インドの高僧)がこの地を霊地と悟り、自ら倶利伽羅不動尊(この仏像の名称が倶利伽羅峠の名前の由来になったと言われています。)を彫り込み安置したのが始まりと伝えられています。その後、弘仁3年(812)に弘法大師がこの地を訪れ本尊と同体の不動尊像を自ら刻み前立像にすると別当寺として長楽寺を開山したそうです。寿永2年(1183)、木曽義仲と平家による倶利伽羅峠の戦いの兵火により多くの堂宇、寺宝、記録などが焼失しましたが、その後源頼朝によって再興、天正年間(1573〜92)には衰退し廃寺同然となり、江戸時代に入った寛永年間(1624〜44)に秀雅上人が再興、さらに加賀藩主前田家の祈願所となったことから社殿の再建や寺領の寄進が行われ寺運が再び隆盛しました。江戸時代末期に火災により堂宇が焼失し再建されないまま明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏式が廃され(長楽寺は廃寺)素戔嗚社となりました。昭和24年に金山氏が復興し石川県の元忠魂堂を移築して新たに不動寺を開山し素戔嗚社を手向神社に改めました。又、倶利伽羅不動尊は古くから成田不動尊(千葉県)、大山不動尊(神奈川県)と並び日本三不動尊に数えられ全国の中でも不動霊場として名が知られています。
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