富山県・高岡市伏木・越中国分寺跡

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【 概 要 】−気多神社の参道に附近に建立された薬師堂は旧越中国分寺の境内だった場所です。越中国分寺は天平14年(742)に聖武天皇の勅命により全国の各国一宇ずつ建立された国分寺の1つとして創建された寺院で、現在は建物や礎石はありませんが、200m四方の旧境内からは奈良時代後期の古代瓦(鐙瓦・唐草宇瓦)が多数発見されており金堂や塔の跡と思われる基壇の土盛が確認されています。中世に入り朝廷の没落と共に越中国府の機能も衰退し、国分寺の権威も失われ、気多神社の別当寺院である慶高寺の末寺に収まったと推定されています。薬師堂には本尊の薬師如来像の他に神仏分離令で気多神社の本地仏だった木造文殊菩薩坐像(南北朝時代作:富山県指定重要文化財)や平安時代に制作された帝釈天像、鎌倉時代に制作された木造大日如来座像(高岡市指定文化財)、木造毘沙門天立像(高岡市指定文化財)などが遷され、寺宝として所有しています。越中国分寺跡は昭和40年に富山県指定史跡に指定されています。
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越中国分寺跡(高岡市伏木):周辺の見所

気多神社 越中国分寺跡 万葉寺井の跡 雨晴岩(源義経縁の岩)

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